なぜスシローは「6700万円の損害賠償請求」を止めるべきなのか?
「いいぞ! こういう毅然とした対処をする企業が増えれば、外食テロもなくなっていくぞ」
ニュースを聞いて、胸がスカッとした人も多いのではないか。
ちょっと前に話題になった、回転寿司チェーン「スシロー」で備えつけの醤油の差し口や湯呑みを舐(な)めまわしていた岐阜県の少年に対して、運営会社の「あきんどスシロー」が約6700万円の損害賠償を求めていたことが分かったのだ。
報道によれば、スシロー側はこの少年の動画によって、「全国の店で客が大幅に減ったうえ、会社の衛生管理への信用が損なわれた」と主張しているという。つまり、いくら子どもとはいえ、大損害をもたらしたワケだから、一生かけてでもその罪を償えというわけだ。
この対応については既にいろいろなところで議論になっている。個人的な見解では、スシロー側の主張はしごく真っ当であり、世界の常識に照らし合わせても特段、厳しい対処ではない。本人以外にも動画を撮影して、SNSにアップした者も含めて、それなりのペナルティーを受けるべきだと思う。
ただ、企業危機管理の観点から見ると、それはあまりのいい選択ではない。筆者はこれまでさまざまな企業の不祥事やこの手のSNSトラブルなどの対応をしてきたが、もしスシローがクライアントだったら、この損害賠償請求をすることを止めていた。なぜかというと、主に以下の3つの理由からだ。
(1)「スシロー低迷は迷惑動画だけが原因か」という議論が盛り上がってしまう
(2)少年側に賠償金を払わせても、「スシローは安全」というイメージが回復しない
(3)スシローが「異物混入」「食中毒」などを起こすと、これまで以上に厳しく叩かれる
●「不祥事コンボ」によって低迷
まず、(1)の『「スシロー低迷は迷惑動画だけが原因か」という議論が盛り上がってしまう』に関しては、既に少年側は答弁書で、「客が減ったのはほかの回転ずし店との競合も考えられる」と反論している。少年の弁護士は訴えを取り下げてもらうか、6700万円をなるべく減額させることが仕事なので当然の主張だ。
「見苦しいぞ! 本当に反省しているなら親戚からカネをかき集めてでも6700万円払え!」と不快になる方も多いだろうが、この反論はそんなに無理筋ではない。
実は少年が醤油さしをペロペロする前から、スシローは顧客の信用を失って客足が落ち込んでいたからだ。それは自分たちでも認めている。同社の2020年度第3四半期決算説明資料にはこんな説明がある。
「景品表示法に係る措置命令を受け、お客様の信頼を失う事案を発生させてしまった事により客数が減少し、売り上げが想定を大幅に下回る結果となった」
この「お客様の信頼を失う事案」とはご存じ、22年6月に発覚した「おとり広告」問題だ。21年9月、テレビCMで「濃厚うに包み」と「新物うに 鮨し人流3種盛り」などを盛んに宣伝していたが、実はほとんどの客はこれらの商品を食べることはできなかったのである。
ちなみに、この「おとり広告」問題以降も、「お客様の信頼を失う事案」が続いた。7月には、告知した生ビール半額キャンペーンが実際には品切れで注文できなかった問題も発覚。さらに、10月1日開始のキャンペーンで提供予定だったキハダマグロを、一部の店舗で誤って9月下旬から販売していたことが分かった。
こういう不祥事が続いて客足が落ち込んでいたところに年が明けた23年1月、例のペロペロ事件が起きたという流れなのだ。
もちろん、あの動画をマスコミが面白がって朝から晩までお祭り騒ぎをしたことで、SNSには「気持ち悪い」「もう一生スシローに行きません」というヒステリックな声があふれたのは事実だ。これを受けて、ピュアな消費者たちの客足にも大きな影響があったことだろう。
が、一方でスシローが昨年からの「不祥事コンボ」によって低迷していたのも事実だ。そういうダウントレンドの中で、どこまで「ペロペロ少年」が招いた損害なのかということをジャッジするのはかなり難しいはずだ。当然、少年側の弁護士はそこを突いてくる。
●最小限に抑えて「いい負け方」をすること
もしそのような主張が、マスコミに報道されて注目を集めるようなことがあれば、「おとり広告」問題などが再び蒸し返される恐れもある。さらに最悪なのは、裁判所が少年側の主張をある程度認めたときだ。
「確かに少年の行動によって客足は落ちたが、スシローはそれ以前からも、おとり広告問題などで信用が落ちていて客足が減っていたので、すべてがこの少年のせいだという主張は認められない」なんて感じのことが、判決文に書かれて、スシロー側の6700万円が退けられてしまったらどうなるのか。「なんだよ、スシローは業績低迷をぜんぶペロペロ少年のせいにしようとしたのかよ」なんてイメージが世間に定着する恐れがある。
裁判である以上、主張が100%認められないリスクがある。つまり、「正義はわれに」と6700万円という高額損害賠償請求をしたまではいいが、裁判所に「いや、さすがに6700万円はふっかけすぎでしょ」と否定されてしまうことで、少年の「罪」を軽くしてしまい結果、スシローの企業イメージを悪化させてしまうのだ。
誤解している人も多いが、企業危機管理というのは、悪い奴に処罰するとか、勝つとか負けるかという話ではない。「危機」が発生した時点で、企業は「負け」ている。そのダメージをいかに最小限に抑えて「いい負け方」をするかがポイントだ。
残念ながら、仮にスシローの主張が100%認められて、この少年から6700万円満額の賠償金を取れても、それは「勝ち」ではない。スシローの企業イメージが上がるわけではないし、客足が戻るわけでもないからだ。むしろ、やればやるほど、「いい負け方」から遠のいていく。
そう考えるのは(2)の『少年側に賠償金を払わせても、「スシローは安全」というイメージが回復しない』ということもある。
今回、少年の動画によって客離れが起きているとしたら、そのような人たちはスシロー側の衛生管理に疑いをもっているわけではない。「あの少年は氷山の一角で、回転寿司にはああいう悪ふざけをする迷惑客がたくさんいて、知らず知らずに汚いものを口にしているかも」という恐怖心をもっているからだ。
●スシローが得られる「果実」は少ない
さて、では少年と家族に損害賠償として数百万円を支払わせたら、世間の「恐怖心」をきれいさっぱり解消できるだろうか。できるわけがない。少年のような迷惑行為に走ってしまいそうな人々への一定抑止力にはなるかもしれないが、だからといって急に、「回転寿司の衛生管理って安心だよな」とはならない。
つまり、少年が6700万円を払おうが、数百万円払おうが、それは「愚かな人が報いを受けた」と世間に知らしめるだけで、スシローのレピテーション(評判)が上がるわけではないのだ。「よくやった! スシローのおかげでバカに思い知らせてやった」なんて喜ぶ人たちは「勧善懲悪のリンチショー」を楽しんでいる野次馬なので、ネットやSNSで悪口を書くが、現実世界でスシローの客足回復に大して貢献もしない。
むしろ、レピテーションは下がるリスクのほうが高い。先ほど申し上げたように、「スシローはペロペロ少年を、業績低迷のスケープゴートにしたのでは」なんて悪評が立つかもしれないからだ。
このようなメリットとデメリットを天秤にかけて冷静に判断すると、少年に6700万円の損害賠償請求をすることは、あまりにもスシロー側が得られる「果実」が少ないのだ。
しかも、少ないどころか、少年に高額賠償請求をしたことが裏目にでて、新たな「危機」を誘発してしまう恐れもあるのだ。それが(3)の『スシローが「異物混入」「食中毒」などを起こすと、これまで以上に厳しく叩かれる』である。
もしスシロー側の訴えを裁判所がかなり認めて、この少年とその家族に数千万円という高額な賠償金を支払わせることになったとしよう。世論も「不適切投稿をするバカ」に臆することなく立ち向かったとして、スシローをヒーローのように褒め称えたとしよう。
そんな矢先、今度はスシローの店舗で、「異物混入」が起きたらどうだろうか。こういう話はつい最近もどっかのうどんチェーンでもあったので、いつ起きてもおかしくない。
あるいは、スシローの店舗で、食中毒が起きてしまったらどうか。どこかの店舗で、スタッフの人為的なミスによって、多くの客が腹痛や嘔吐に苦しんで、病院に担ぎ込まれるような事故が起きてしまったらどうか。もちろん、あってはならないことではあるが、衛生管理に厳しい大手チェーンでも、ヒューマンエラーなどでこのような不幸な事故は、定期的に発生しているのだ。
●世間から厳しく当たられることを覚悟
さて、こういう「不祥事」がスシローに発覚したら、皆さんはどう思うだろうか。「ドンマイ、ドンマイ、人が死んだわけじゃないし、オレはこれまでと変わらずスシローを応援するよ」という人もいるだろうが、「ペロペロ少年によって衛生管理の信用が損なわれたとか言ってたけど、そもそも衛生管理なんて、なってないじゃんか」と釈然としない人も少なくないのではないか。
さらにこれらの「食の安全」を揺るがす不祥事の対応がグダグダだったら、「未成年者の悪ふざけにはめちゃくちゃ厳しいくせに、自分たちのミスには大甘だな」なんて厳しい批判も寄せられるだろう。
このあたりは、政治の世界における、野党やマスコミを想像していただくと分かりやすいかもしれない。政府に不祥事や、何か落ち度があったとき、野党やマスコミは鬼の首を取ったかのように攻撃する。辞任せよ、政治家をやめろ、独裁者だなんだとボロカスに叩く。
ただ、そういうことで「われは正義なり」と調子に乗っているとたいがい、身内に似たような不祥事や落ち度が発覚する。そうなると、ちょっと前まで威勢のいいことを言っていたのが、急に歯切れが悪くなる。ムニャムニャと苦しい言い訳をする。そういう野党やマスコミの「ダブルスタンダード」はネットやSNSでボロカスに叩かれて、信用が大きく失墜する。
こういうレピテーション低下の「アリ地獄」を何年も続けているので、日本の野党は有権者からそっぽを向かれて、選挙でもパッとしない。テレビの報道番組や新聞も視聴者や読者がどんどん減っている。政治家や企業の不祥事があれば「祭り」のように叩きまくるくせに、ジャニーズの性加害問題になると急にお口にチャックという「変わり身の速さ」も叩かれている。
人を厳しく批判するということは、自分自身も厳しい批判を受ける覚悟がなくてはいけないのだが、野党やマスコミはどういうわけか、自分たちはそれが「免除」されると勘違いしている。だから、どんどん信用が落ちていく。
実はこれはスシローにも同じことが言える。あれだけ非常識なことをしたのだから、少年に6700万円を求めるのは個人的には妥当だと思う。ただ、そのようにミスをした人間に厳しく当たるのなら、自分たちもミスをしたときに同じくらい世間から厳しく当たられることを覚悟しなくてはいけないのだ。
企業危機管理をやっていると、経営者などはよく「デタラメ記事を書いているマスコミを訴えたい」「SNSで批判しているこの有名人にツイートを削除をさせたい」という相談を受ける。気に食わない相手を潰すことを、危機管理だと勘違いしているのだ。
相手は感情のある人間なので、大企業から訴えられたり、潰されたりすると当然、そこで怒りを抱く。中には「報復」を誓う人もいて、事態をさらに悪化させてしまう。
企業の過剰すぎる対応は、軽い「アンチ」くらいの人を、その企業を叩くことが生き甲斐という「ストーカー」に変えてしまうことがあるのだ。そういう中長期的なところまで見て、リスクを回避していくのがわれわれの仕事だ。
●スシローの行方はどうなる?
そういうプロの目から見ると、スシローの少年への損害賠償請求は中長期的なリスクを本当に考慮しているのか疑問である。
「偉そうに言うけれど、じゃあ、どうすればいいんだ」と思うだろう。もし筆者が本件に関わっていたら、まずはスシロー社長と少年とその家族の面談を実現して、メディアの前で公式に謝罪をさせる。プライバシーの問題もあるので、顔や名前を出さないまでも、少年に反省文を書いてもらいそれを公表する。可能ならば、実際に少年が読み上げている映像もマスコミに公開する。
そして、次は店舗への謝罪だ。厨房やアルバイト、そして常連客などの皆さんの話を少年が聞く場を設ける。糾弾をするわけではなく、スシローとして、少年に自分のやったことが、これだけの人々に迷惑をかけたということを理解させる。
そのような「みそぎ」が済んだら、スシローはこの少年にヒアリングを行い再発防止策のキーマンとして重用する。「当事者」の視点で、なぜこんな愚かなことをしたのか。周囲の友人たちの前で調子に乗ってしまったなど後悔を赤裸々に語ってもらう。
そして、それをまとめて冊子やポスターにして店内に設置する。啓発動画にしてホームページやSNSでも流していい。つまり、この少年に6700万円の損害賠償請求をするのではなく、「迷惑行為防止のキャンペーンの宣伝塔」として徹底的に活用していくのだ。少年や家族も訴えられるくらいだったら喜んで協力するだろう。
そこで少年と家族が「そんなことはやりたくない」と断ったら、その旨を公表して損害賠償請求でもなんでもすればいい。スシローとしては、あれだけ非常識なことをされた相手に対しても、寛容さを失わず、「対話」という努力を続けた。企業イメージが悪くなる要素はない。
しかも外食全体の問題である「迷惑行為」の防止という前向きなプロジェクトにまで協力を求めた。ここまで問題に真摯(しんし)に取り組めば、厳しい対処に正当性が生まれるのだ。
……と、いろいろ書いたものの、スシローの訴訟は3月に始まっているので、もう手遅れだ。果たして、少年はどれだけの損害賠償を支払うことになるのか。そのとき、スシローの企業イメージはアップするのか。そして客足は戻るのか。注目したい。
(窪田順生)
tom
賠償は二者間の話なのでどうでもいいが、再発防止は必要で、キャンペーンとか啓発じゃ無理だから、厳罰に処すか、2次被害を防ぐためのSNS拡散防止の法整備?とかなんか必要だと思う。てか2月頃に突然はやったけど誰が見つけてきて火をつけたんだ? |
ccx
ああいう迷惑行為ができてしまう店舗の運営の仕方が問題の根本なのに「会社の衛生管理への信用が損なわれた」というスシロー側の主張が意味不明。世の中には一定数のバカは常に存在し、それを前提に家電等は設計されていて、それをフールプルーフ(バカ対策)と呼ぶ。スシロー、ひいては回転寿司の衛生管理にフールプルーフが欠如していたことを直視してもらいたい。 |
無法松
3項目すでに全部手遅れな話なんだから、あとやれることは厳格に対応する姿勢見せることしかないだろ。やめるべき「だった」ならまだしも。そして、なあなあにしてやめるタイミングを潰したのはネットに流した被害者側じゃん。 |
パストラミビーフ
少なくともウチは、あの事件のせいで「やっぱちょっと今はねー模倣犯も多いし」ってことで行かなくなったが? それと元々の損害額って何百億とかでしょ? 6700万って、どう考えても下げに下げた金額だから、これ以上下がるとかあり得んの? |
micro seven
この人、何か勘違いしてるのでは? スシロー単独の問題じゃないでしょ。 外食産業の危機を救うために、敢えて高額訴訟、しかもギリギリ支払える所を狙ってやってるんだと思うよ。 こんな糞迷惑な連中を増やさないためにね。 |
ゲスト
何を寝言をダラダラほざいてんだ。今回のスシローペロペロは単純にスシローだけで収まる話ではないほど社会に影響力のあった案件ではないか。どれだけの模倣犯が生まれてどれだけの業態に迷惑行為が広がったか。そうした社会背景の中でなあなあで泣き寝入りしてきた外食産業が毅然とダメなことはダメという姿勢を示すための重要な一歩だというのに。 |
J,C,F
この記者は被害額が160億ということをちゃんと理解してるのか?それに危機管理の観点と3つの理由が微妙に繋がらん。評判なんてどんな店でもあるし、今回は外部の人間によるものだから裁判での負けという解釈もおかしい気がする。個人的には金額も含めて賠償請求がやりすぎだとは思ってないし、今後同じことがあったとして防犯意識は指摘するが、まずはやらかした奴を批判するかなあ。 |