認知症でも軽度なら運転可能…精神科医・和田秀樹が「『ボケたら免許返納』は反対と憤慨する理由
高齢者になったら車の運転をしない方がいいのか。精神科医の和田秀樹さんは「まだ車の運転能力があるのに、地方の高齢者の車を取り上げることには憤慨すべきだ。運転をやめた高齢者は要介護リスクが8倍になるという調査結果もある」という――。

※本稿は、和田秀樹『80歳の超え方』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。

■世の中をはぐらかすぐらいの気持ちでいよう

高齢者の方に「ボケ」と言うのは、差別だということで使わないことが原則になりました。でも、ボケという言葉に侮蔑的な意味合いは本来ないと思っています。

漫才にもボケとツッコミがあります。ツッこむ頭の回転が速い人ばかりでは世の中疲れます。ボケとツッコミの両方あってこそ、漫才は面白いのです。

高齢者はボケるくらいがちょうどいい。人類のボケになって、世の中をはぐらかすぐらいの気持ちでいたいものです。

私も最近、人の名前が思い出せないことが多いです。友人と昔の映画の話をしていて、「あの映画だよ」「監督は、あれだな」「女優は……顔は思い出すのに名前が出てこない」というようなことがよくあります。

最後にはスマホで検索して、「これだよ」と納得します。そして「お互い、ボケたよな」と笑うのです。

年をとったら、切れ者、できる人からは降りましょう。少々、ボケているほうがかわいいと思います。

「ボケとは、なんだ。失礼ではないか」と怒る方もいらっしゃると思いますが、はっきり言うと威張る高齢者は嫌われ者になります。

ときどき、公共の場でも「けしからん」と怒っている高齢の男性を見かけることがあります。たぶん、かつては高い地位の役職についていて、いつもまわりが気をつかってくれていたのだろうな、と思います。

■自分に固執しているのは、不安の表れ

よく、地位の高い人が認知症になりやすく、農家の人や職人さんは認知症になりにくいなどといわれます。はっきりした統計はないのですが、これまで診てきた方を見ると、そういう傾向があるかもしれません。

地位の高い人のほうが定年後仕事を続けることが少なく、農家や職人の人は続けることが多いということが背景にあるのでしょうが、認知症になってからの進み方にも差があるようです。

威張る高齢者を見ると「おだやかにボケられない人は不幸」だと思います。こういう方は、自分の「老い」に目を背け、昔の自分を保とうとしているのですね。

そんなに自分に固執しているのは、不安の表れなのだと思います。不安だから虚勢をはっています。不安は脳の害悪です。

デイサービスへ行っても、「こんなことくだらん」と怒っている方がときどきいます。職員は気をつかってくれますが、利用者さんは誰も近寄りません。

あるデイサービスで、表具屋さんをしていた、手先が器用で折り紙や切り絵が上手な男性がいました。まわりの女性たちから大人気です。

その脇で、もと役所勤めのお偉いさんをしていた方はさびしくしていたとか。何も特技がなければせめてボケてみて、まわりの人と笑って話すというのが、脳の健康のためにはいいのです。

それでもデイサービスに行ってくれるだけましで、もともと地位の高かった人は、「あんなボケた人の行くところなど行けるか」などと言ってデイサービスに行きたがりません。

しかし、そういう生活を送るとよけいに認知症が進んでしまうのです。

高齢者になったら、上手にボケるということも大事にしていきたいものです。

■認知症になっても自分たちで暮らす人たち

ボケる話を書いていたら、ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』を思い出しました。

ディレクターの信友直子さんがご両親の老老介護を記録した映画です。87歳の母が認知症になり、95歳の父が介護する。娘の直子さんは東京に住み働き、両親は広島に住んでいます。

この両親が実にいいのです。何より笑顔がいい。お母様は、きちんとした主婦であっただろうと思います。お父様はなかなかのインテリです。

ふたりが日々の生活をヘルパーさんの助けも借りながら紡いでいく。その中には、「なんでこうなるの」とふてくされる認知症の母や、がまんする父の姿も描かれている。

でも、どこかで「ぼけますから、よろしく」というユーモアのある夫婦の姿を見ると、こういう感じでお互い支え合って暮らしている人も多いのだろうと思います。

なかなか、こういう普通の生活を私たちは見ることがないので、ヒット作品になったのだと思っています。認知症といえば悲惨な家族介護というイメージがありますが、いろいろな助けを借りながら、自分たちらしく暮らしている方も多くいます。

■子どもに返るのも老いの特権

年をとると、子ども返りするといわれます。これも少し差別的な言い方だと思われるときがあります。高齢者にも尊厳がある、子ども扱いとは何ごとかというお叱りです。「おじいちゃん、おばあちゃん」と言わないで、名前を呼びなさいといわれています。

もちろん、「~ちゃん」と呼ぶような子ども扱いは、彼らの尊厳を傷つけますが、私は「子どもに返る」ことそのものはいいことだと思っています。

年をとると、実際にだんだんとケアされる立場になっていきます。いつまでも上から目線で人に指示する気持ちではいけません。「お願いします」という気持ちになっていってほしいものです。

小さいとき、風呂上がりに母に身体を拭いてもらい、天花粉をはたいてもらった記憶はありませんか。親にやさしく世話をうけたときは気持ちのいいものでした。

それから、少年少女になり大人になると、すべてに自立しなさいと教えられます。すると、自分のことは自分ですることが人間の尊厳のように思います。ですから、何かできなくなったら、「もう自分はダメだ」と嘆いて落ち込むのです。

■ラクして笑っていられるほうがいい

子ども返りして、自分を少しずつ人の手に任せてみるというのも大切なことです。

いまの世界では、あまりにも自立がうたわれて、介護の世界でも自立支援に重きをおきます。介護度が悪化しないように、自立した生活ができるように支援するわけです。

実は私もそう考えていました。歩けないより歩けるほうがいい。リハビリが大事であると。そんな私の母が油断して骨折してしまいました。リハビリで無事に歩けるようになってほっとしていたら、その後だんだん歩けなくなって、手押し車を使って外に出ていました。

便利なものを利用して外に出るというのは大事です。仕方ないかと思っていたら、その後、母はまた骨折して入院しました。いまは車いすも利用しています。

「なんだか車いすは楽でいいのよ」

と、笑っている母を見たら、もうリハビリしろとは言えなくなりました。ラクでいいじゃないか。ラクで万歳。つらいリハビリをするより、もう何年あるかわからない人生です。ラクして笑っていられるほうがいいと開き直りました。

車いすの生活になるということは、人の世話になる量が増えるということです。介護度が上がり、サービスを増やさないといけません。

でも、だんだんとみんなが子ども返りして、自分の世話を人にゆだねていくことを受け入れていく、本人だけではなく家族もその気持ちが必要だなと思いました。

■見栄やプライドを捨てて世の中を眺めてみる

子ども返りは、ケアの問題だけではなく、心の解放にもつながります。

少しずつ大人の責務から降りていくことです。見栄やプライドを捨てて世の中を眺めてみると、高齢者の目には新しい世界が広がることもあるようです。

俳句や川柳の世界では高齢者が面白いものをつくります。忙しかったときは空や花をじっくり見る暇もなかったでしょう。

高齢者となって、美しいものは美しいと世界を新鮮に見直してみる。これは子どもに返った精神だからできることです。

いつまでも凝り固まった大人の目しか持てないと、ボケも楽しめなくなります。

先に紹介した映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の続編も上映されているようです。お父さんは98歳になり、お母さんは脳梗塞で入院したそうです。まだ観ていませんが、このおふたりが最後の日々をどう閉じていくか見てみたい気がします。

■「ボケたら免許を返納」なんて簡単に言うな

なぜか、高齢者の交通事故はセンセーショナルなニュースになります。そうして、免許の自主返納キャンペーンが繰り広げられます。

実際には、交通事故のもっとも多い世代は24歳までの若い世代です。

高齢者の事故が目立つようになったのは、高齢者が増えたので仕方ないことですが、死亡事故でも、対人事故(人を撥ね殺す事故)は2割弱で、事故の4割は自爆というか、ものにぶつかって自分が亡くなる事故です。

免許を自主返納しても、都会では交通機関が網羅されていて困らないでしょうが、少し地方へ行くと車がないと生活に支障をきたす地域は多いのです。

親とは離れて暮らす子どもたちは、ニュースで高齢者の運転は危ないとすりこまれていきます。帰省すれば「おとうさん、免許は返納しなさい」「買い物はヘルパーさんに頼めばいいでしょう」などと言います。

ヘルパーさんと簡単に言いますが、まだまだ歩ける人は要支援にもならないかもしれません。自治体の独自サービスも限りがあります。地域のサービスに頼りきれないところがあるのが実情です。

車を取り上げられれば、買い物にも病院へも行けない。ゴミ出しにもサークルにも行けない。バスは廃止されているか、あっても日に2本。値段も高い。

まだ車の運転能力があるのに、一部の都会で事故を起こした高齢者のために、地方の高齢者の車を取り上げるのは憤慨していいことだと思います。

■必要なのは「ボケてきたな。気をつけよう」という自覚

私がいちばん心配するのは、免許を返納したあとの認知機能の衰えです。

国立長寿医療研究センターの調査では、運転をやめた高齢者は運転を続けている高齢者に比べ、8倍の要介護リスクがあるとされています。これは当然のことでしょう。

まったく世の中は、「自立した年寄りになれ」と言ったり、「運転しないでじっとしていろ」と言ったり、矛盾するメッセージを出してきます。

正直なところ、認知症が一定以上重症になれば運転ができなくなります。

その早目の対策は必要ですが、年齢で規制をかけることはないと考えています。また、認知症でも軽度であれば十分運転はできます。

少々ボケても、ボケなりに気をつけているものです。

必要なのは「ボケてきたな。気をつけよう」というあなたの自覚です。

免許の自主返納は、返納してから後悔しても遅い。よく考えてみましょう。

国も全国一律に返納を迫らないで、過疎地域などの実情も考慮して柔軟に考えてほしいものです。

----------

和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」

----------

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

(出典 news.nicovideo.jp)

<このニュースへのネットの反応>

本当にボケたらその判断さえ出来なくなるんだよ。

だからって事故されて被害を被るのはいやだね。

ボケて前の車・人にツッコむのがなぁ・・・

別に田舎とかで車手放したら生活に支障ある場合に即返納しろなんて暴論誰もはいてないだろ。家族が補助するにしろ施設いれるにしろ方法論は議論されてる。お前の場合、ボケ防止のために公道の一般人にリスク背負えとしか言わないから反発されてるだけだ

軽度の判断基準は?

ボケの運転する車に轢かれてから同じ事言ってみろ

例えばこの和田とかいう人の言説を根拠に立法します、って流れになったら100パーセントこの人は逃げを打つだろう。口も軽ければ考えも浅い言論人はほんといらない。

身内が轢かれても同じこと言えるようになってから出直してきてくれ

自動ブレーキとかの安全運転支援機能でなんとか運転を続けられるようにするのが一番いいんだろうな。それで例えば*直前までボケなかったなら本人にとっても周りにとっても素晴らしいことだ。

嘘だろ、こいつ。。。マジで頭おかしいな。

こいつに精神科医が必要なのでは?

そのボケに巻き込まれる被害者の事を考えろ。そもそも漫才は人を笑わせる物であって、人を悲しませる事故を引き起こすボケと一緒にすんな。

オートマ限定免許みたいに、「自動ブレーキ車限定」とかの区分作って、技術でカバーしていくしかないんじゃないかな

こいつボケ始まってるから医師免許と教員免許返納させた方がいいよ。こいつの言うこと信じて免許返納しない老人が増えたらもっと老人に*れる人が増える

酒飲んでもちょっとだけなら安全と言う奴みたいだな

本当のところは、認知症だろうとなかろうと、高齢者の時点で車運転してほしくないというのが心情ではあるけどな。事故起こしてニュースになってる高齢者だって、全員重度の認知症か?と言われたら違うだろうし、色々鈍ってきてるんだからそれだけですでにリスク。そのうえでちょっとボケてるとか普通はやばいと思うよ。

自動車が必須ではない都会でも「脳トレのために運転しましょう!」とか推奨してるならともかく、田舎に限って車の運転をやめたことによる認知機能の衰えを問題視するのはおかしいと思う。

轢き*た事実も覚えてないから、ひき逃げしても無罪主張するんじゃないの?ヤク中無罪と同様に実際が人*んだから運転なんかしないでほしい。

見えてるものが健常者と違うのになぜ安全に運転できるのか

自動車は足腰の弱った高齢者のためにある。それを目指して自動運転技術の開発を。

『ボケても運転継続』と簡単に言うな

認知症の老人が自動車保険に入れるの?入れたとしても保険会社が素直に支払ってくれるの? そうでないなら全国の認知症の老人が起こした責任を全て和田医師が負うの?

マジで迷惑

軽度であってもダメ。親父はカーブを曲がる途中で、曲がりきる角度が分からなくなり事故りかけた。交通手段の無いド田舎で更新手続きが分からなくなるまで痴呆が進むまで免許を持っていたが、運転はさせないようにいろいろ大変だった。法律で免許返納の線引きをしっかり作って厳格に審査してくれると周りも助かるんだがな。

簡単に言うななんて簡単に言う奴ほど、自分が巻き込まれると前言を翻すんだよな

少しでも不安要素がある状態で運転することは安全運転義務違反です。こんな記事書いて事故が起きたら責任は取るのか?

認知症はいわば「作動すれば機械を停止させる安全装置が壊れた状態」。 いくら普通の運転が出来てても異常動作起きた時に即対処できないんじゃ動*なってのは当たり前の話ですぜ。

まだいけるはもう危ない

>>RT  飯塚幸三爺さんが暴走した直後はその暴論がそこら中で喚かれとったがな。今でもジジババ事故のニュース記事にはちょくちょく出て来るぞ?

こういうバカが人*になる。ホント勘弁してくれよ。

なんで事故を減らそうとする取り組みを邪魔しようとすんの? この精神科医自身が精神科に通うべきじゃないかな。

軽度認知症かどうかの問題じゃなくて、問題なく運転できるかテストすればいでしょ。年齢関係なく。

↑ゲスト>おっさん運転免許持ってないんやけど、教習所で人身事故起こした後に110番、119番通報するって教わる? 多分そんな普通の常識レベルの事教えないと思うんやけど、それは運転技能か? プリウスミサイルの通報に当事者は入ってたか?

なまじ運転だけは出来るのが厄介だっつーの

軽度とはいえ認知症と分かったうえで人身事故を起こした場合、賠償とかどうする考えなんやろうか。認知症と診断されている以上、下手すりゃ同居する家族も訴えられるぞ。

簡単に何度でも言うよ。「ボケたら返納しろ」*てからじゃ遅いんだよ

認知症なんて脳梗塞の入り口だからね。まずは、平衡神経がおかしくなるので、車を沢山ぶつけるようになるな。周りに脳梗塞の初期症状が詳しい人がいれば、脳外科でMRIを受ける事を勧めるが、頑固なバブル時代の連中は言う事を聞かないので、多分、ある日突然、植物人間のようになるだろうな。だいたい、素直に、病院で診てもらい診察を受けて、医者のいう事を聞く奴は長生きするね。

高齢ドライバー「え!軽度の認知症でも入れる自動車保険があるんですか?!」

右折しようとして右折待機中のこっちの車と歩道の間に入ろうとした挙句になんで反対車線にいるんだと言わんばかりにクラクション鳴らしてきたようなのに運転させろと?この医者殺人教唆じゃね?老人と老人が潰しあう分には警察とか周辺住民とかが迷惑するだけだけど若~中年の労働者が*でもこいつら1円も払わんで苦しむのは被害者なんだよ

こうやって万人にその様な意見を晒すという事は、周囲からボケにより免許返納を促された者による交通事故の責任を「精神科医・和田秀樹」が無制限に負うって認識でいいんかな

どうでもいい。放っておいても毎年交通事故は激減し続けてるんだから全部政府に任せておけばいい。どうせ返納しろ言ってる奴らなんて高齢者いじめがしたいだけで本気で事故減らそうとか思ってないだろ

認知機能に異常があるから認知症っつってんのに、常に周囲の状況を認知し続けて対応しなければ簡単に人や物を壊せる運動エネルギーの塊を野放しにしろって本気で言ってるのなら、こいつこそ精神病院に入れて一生出すべきではないな

流石に認知症なら運転はやめいと思うけど、それを実現するためにはまず年寄りが運転しなくても生活できるよう自治体が乗り合いタクシー・公営バスなどを整備しないと現実的ではないわな。田舎は勿論、政令指定都市でも車がないと生活できない地域は沢山あるから

減速やブレーキを忘れたらどうするの。

「軽度なら大丈夫」はそうかもしれんけど、じゃあ事故起こしてやっぱ重度だったわってなったとき、軽度だって判断した誰かが責任負うことになるでしょ。ついでに時間経過で悪くなるんだから、どの周期で検査するの?理想ばっかで現実的な考え方じゃないよ。文句言えばいいってもんじゃない。

運転できるけど、帰り道がわからなくなる迷い老人がたくさんいるんですよ。

高齢者の呆け老人が、精神科医の和田秀樹の家族を轢き*ても、呆けるくらいが丁度良いとか言えるのか?こういう屑は、身内が犠牲になったら途端にファビョり始めるよな。

こういう時にイカれたこと言ってる奴に、自分や自分の身内が不利益被った場合に真逆のこと言うだろって指摘してもあんまり意味ないんだよ。世の中には自分や自分の身内が不利益被ったとしてもイカれた意見を曲げない、マジでイカれた奴っているからさ。そうなると、イカれた奴は何しても無敵って論理になっちゃうんで、そういうことにはしたくない。

「まだ大丈夫=もう危険」なんだよ。 この精神科医、メディアで自分の専門分野外に口出しては人命を軽視する的外れな意見をここ数年出してるが・・・もうサイコパスかテロリストのようだ。 まともな「人間」とは思えない。

精神科医でこの手の大声で喚く系の人はなぁ・・・無責任だからね。例え事故が起きたとしても自分が責任を負う事が無いと理解してるから無責任にこういう発言、発信を行う。  自分自身や自分の家族が認知症初期の老人が起こした事故とかにあって不幸になってから発言を撤回するか、無罪だって言い切って初志貫徹するかどうか見てみたいものだね

運転可能の前に、安全ってついてますか?

身内に認知症の人が居たことが無い生活実態を理解できていない医師免許を持っているだけの人間の戯言にしか見えない。物忘れの範疇のボケと認知症の違いも理解できていないとしか思えない。さすがプレオンの記事だ

自動運転とか関係ない 軽度認知症が*まで軽度とは限らないし少数でも悪化するなら運転なんてさせるべきではない 人*になる前に止めて差し上げろ

身体は元気だけど認知症のお婆ちゃんが木に登って下ろすのに大変だったって話を聞いた

「『ボケても大丈夫』と簡単に言うな」

経度でも、もう正常な判断が付かなくなってきてるのに運転させろと言うのは殺人ほう助では?正常な人間より責任能力が低いとされるんですから駄目ですよどう考えても。この人が憤った所で、この人は事故の責任は取らないので全く意味のない主張ですね。

根拠もなく自分は大丈夫って思ってるんだろ…大丈夫じゃないって自分で判断ができるヤツだけが良い老人だ

運転能力ってのはペダル踏めりゃいいわけじゃなく、「安全運転する力」のことだからな。認知症であるなら運転能力は既に失ってる。文字だけ書けても論理的思考が失われたら医者や教師としてオシマイなのと同じ

家族を*れてから言ってみろ

既に認知症老人による事故が多発してるのに何言ってんだこいつ?精神状態おかしいよ精神科医さんよ

認知症でも軽度なら運転可能←その度合いの判断基準。判断見誤りでの責任、対処を決定してからどうぞ。

うちの地元で8年前に自動車事故(高千穂通り横転事故。死人が2人出ている)が起きているんだけど、車を運転してたのは認知症とてんかんを患っていた老人(当時73歳)だったんだよ。認知症が軽度だろうと、事故を起こしたら取り返しがつかないことになるんだよ。軽々しく運転可能と言い張るな。

それで*れた人の賠償を全部コイツが持つって発言でいいのかね

プレオンって本当に日本が嫌いなんだな

運転しても問題がない軽度の認知症、人はそれをボケたとは言いません。

見たまえ若者たち、これがこの国をダメにした世代だ

でもこういう人ほど実際に人を轢いた後に認知症だからって逃げるんだよな。卑怯

免許更新時に教導員や医者に運転能力や認知症の認定をさせて事故が起こったらそれらに責任の一端を持たせりゃいい。片端から要返納ってやってくれるさ。

家族の言うことも聞かなくなる。加害者になった後始末も、家族が何十年もかけてやることに。そうなってまで「ボケててかわいいでしょ」なんて世迷言で通す覚悟あるならどうぞどうぞ、お乗りください。

こういうのってシステムでどうにかできないかねぇ。認知症や後期高齢者などの重大事故予備軍は違反点数を倍にするとかさ

若者との最大の違いは責任を踏み倒せること。金持った年寄りなんて実際は一部だからな、自家用車が必需な生活してる層なら尚更。

こう主張する人の家族がひき*れた時のコメントを聞いてみたい。 同じ事主張できるのかなぁ。

>24 どうにかはできてるよ。交通事故は毎年減り続けててここ20年の間に半数近くにまで減ってる。交通事故に関しては政府はしっかり結果出してるんだよな

うつ病の薬でもカゼ薬でも飲んだら飲酒運転と同じ扱いだから免許を持っていても自動車はおろか自転車すら運転してはいけないので、精神科通院の患者が運転してはダメな事は精神科医は当然知ってるはずだけどこんな発言して大丈夫?まあみんな自家用車でガンガン精神病院に来院してるけど...

以前も似たような記事有ったと思うが、ボケのトレーニングに公道を走らせるな、っての。

 「はぐら*」・「かわいい」・「不安は脳の害悪」等のふざけた言葉は全て認知症の運転手を応援するも同然な発言で、逆にそれを不安視する人達への言葉がほとんど無い。身内以外がどんな被害を受けても気にしない精神科医って……。

昨日軽度と言われたからと言って今日軽度である保証はどこにもない、黄色信号が灯ったと思ってさっさと止まれ(黄色は「赤になる前に急げ」って意味じゃあねーぞ?w)

香〇といいこいつといい精神科医ってやべー奴多いんだな。

自分自身で考えると、気付かず頭パァになってる上に加齢で運動能力落ちてる状態で車運転は怖すぎる。いろんな意味で家に帰れなくなりそう。

というかまだ見た目50行ってないのに黄色(と言うかほぼ赤)でブオーンとか踏み込む*の多い事多い事…これで痴呆が進んだらと思うと制御失った重騎兵がその辺に居るようなもんだろう?野放しにしたら戦国時代より危険になるわ

ボケる前に返納させろドアホ

誰かを轢いた後では遅いんだよ。もし殺人犯になったら寿命を考えると塀の中に骨を埋めることになるので、本人や家族のことも考えた発言を医者ならしたほうがいいですよ。

地方の人が困るのはわかってるよ。だからするべき反論は取り上げるなじゃなくて、返納するから利便性を整えてくれ、ではないか?返納は命が関わるから大前提でそのために何が必要かを詰める方が建設的だろ。本当になんとかしたいと思ってるなら。

精神科医ってボケてんだな 異常者がやる職業か

高速で逆走する痴呆老人とすれ違って御覧なさい。180度考え変わりますよ。

自分が還暦超えてるから老人擁護して予防線張っておくんですね分かります

高齢者はボケるくらいがちょうどいいっていずれ俺らも通る道だがそれで何人事故で*でんだよ。残りの人生ボケてたのでやっちゃいましたで済む訳ない。じゃあボケてんなら死刑になっても分からんって事だよなぁ?

本当に認知症がわかっているのか?認知症はボケじゃない。やったこと自体を忘れる、判断基準が変わる、自分の感情をコントロールできない等、ボケてきたなという感覚すらない。下手をすれば自分は正常だなどと宣う。

じゃあ、事故が起きたらあなたが全て代代位弁済してください自分の発言に責任を持つというのはそういうことです

「免許とは【安全運転できる事の証明書】であり、言い換えれば『安全運転できないなら有する事など許されない物』である」が持論。

 今後高齢者の事故が起きたら全ての責任をこの人に取って貰おうwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

最新の交通安全白書では19歳以下がトップではある。だがそれ以降は65歳以降が2位、3位と続く。免許取りたてや無免の人間と比較することになんの意味があるのか?衰えを認識したならば家族親族が殺人者になる前に止めるのは当然だ。

あの・・・加齢による脳の機能の衰えこと通称「ボケ」と「認知症」がそもそも別物なんですけど・・・。認知症ではない、ただのボケならまだ異常を感知できるから問題ないでしょうね。でも、認知症だった場合誰が責任取るんですか?本人に責任能力ないんですよ?責任能力が無い人に、簡単に人の生死がかかった許可出しますかって問題なんだけど。

年金受給の高齢者が年金を払っている人達を日常運転で駆逐する…。

この精神科医はボケた人が運転事故ったら家族が迷惑を被ることを忘れてないか?そもそも軽度の人は運転して帰るまでの道わかるのか?そんな危ない状態で運転してほしくないわ

今はまだ社会に少し余裕あるから老人への寛容論があるが、30年後、少子化の原因である氷河期世代が70超えた頃、本来彼らを支える子供は少なく、社会は恐らく移民の助けを借りて回してる状況。良くて身寄りのない老人は施設に入れとけって感じ、悪けりゃ破綻した政府による選択的無策、老人の自己責任論からの実質的な棄民が横行するだろう。日本人の定義考え方が大きく変わる時が来る

要介護認定も第三者が出すし運転の可否もそうすれば良いのでは。家族の言う事なんて聞きゃしないんだからさ(*´・ω・`)

本人も周りの人もボケるのは嫌だよ。話してて物忘れが酷くなったり不便極まりないじゃん、田舎とか免許返納すると困るし代替えの交通手段を作るしかないのが常識なんじゃない?あとはアシスト機能を充実させるしかないよね…。人間のエラーを機械側でアシストするとか答えは大体見えてると思う。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事