【訃報】園まりさんが逝去 『3人娘』としても活躍

【訃報】園まりさんが逝去 『3人娘』としても活躍

2024年8月1日、歌手で俳優の園まりさんが、急性心不全のため、亡くなっていたことが分かりました。80歳でした。

産経ニュースによると、同年7月26日、都内の病院で息を引き取ったとのことです。

園さんは、2008年1月に乳がんを発症し手術。2019年に乳がんが再発し、闘病生活をしながらもコンサート活動を続けていたといいます。

中尾ミエさん、伊東ゆかりさんも追悼

園さんは、1962年、渡辺プロダクションから『鍛冶屋のルンバ』でデビュー。

中尾ミエさん、伊東ゆかりさんと『3人娘』を結成し、国民的アイドルになりました。

個人としても、『逢いたくて逢いたくて』『夢は夜ひらく』『何も云わないで』など、ミリオンセールスを連発。『NHK紅白歌合戦』には1963年から、6年連続で出場しています。

また、自身の楽曲『夢は夜ひらく』『愛は惜しみなく』は映画化もされ、自ら主演するなど、俳優としても活躍しました。

『3人娘』でともに活躍した、中尾さんと伊東さんは、園さんに追悼のコメントを寄せています。

【中尾ミエ】

ついにこの時が来ました。思い返せば長い付き合いでした。

嫌々組んだ3人娘だったけど結局これが運命だったのね。

人生“終わり良ければ全て良し”というけれど、まさにあなたの最期は見事でした。

身の周りを全て整理し、最後にゆかりと私で残ったアクセサリーや小物を整理し、その足で病院に行って報告をしてまりちゃんも喜んでくれました。

私も最期は、彼女のように悔いのない穏やかな最後を迎えたいと思いました。

今となっては楽しい思い出をありがとう。

落ち着いたらもう少しの間、ゆかりと私を見守ってください。

まりちゃん、お疲れ様。

【伊東ゆかり】

凄く寂しい、淋しい。お見舞いに行った時、コメント考えてねって、、、

考えられる訳ないじゃない。

60年以上のお付き合いで、沢山の思い出がありすぎです。

歌手仲間というより、心の友、親友です、、、

もう逢えないのね、、、。

薗部毬子様 お疲れ様でした、、、。

産経ニュース ーより引用

園さんの訃報に、ネット上でも悲しみの声が多く上がりました。

・『逢いたくて逢いたくて』はカラオケの十八番で、たくさん歌わせていただきました。

・たくさんの名曲ときれいな歌声を聴かせていただき、ありがとうございました。

・昭和の音楽シーンには欠かせない人。さびしいです。

・子供の頃、親が歌っていて、私も自然に覚えて歌っていた思い出があります。家族みんな大好きでした。

園さんの楽曲と、ささやくような独特の歌声は、これからも多くの人に愛されていくことでしょう。

ご冥福をお祈りいたします。


[文・構成/grape編集部]
出典
産経ニュース

(出典 news.nicovideo.jp)

𠮷川晃司のコメント

園まりさんの訃報に接し、多くの人々がその功績を偲び、深い悲しみを表しています。彼女は歌手として、また俳優としても、日本のエンターテインメント界に多大な貢献を果たしました。1962年にデビューし、『3人娘』としての活動や、『逢いたくて逢いたくて』などの名曲で多くのファンに愛されました。

園さんは乳がんとの闘病生活を続けながらも、最後までステージに立ち続けたその姿勢は、多くの人々に勇気を与えました。彼女の声と楽曲は、今後も多くの人々の心に残り続けることでしょう。

中尾ミエさん、伊東ゆかりさんの追悼コメントからも、園さんとの深い絆が伝わってきます。『3人娘』として国民的アイドルとなった彼女たちの友情は、時を経ても変わらず強いものでした。

ネット上でも、多くの人々が園さんの歌声や楽曲に対する感謝の意を表しています。昭和の音楽シーンを代表する存在として、彼女の影響力は計り知れません。園さんの作品や思い出は、これからも多くの人々に受け継がれ、愛され続けることでしょう。

園まりさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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